「ママ、いつも ありがとう」

子どもたちが
母の日に
おかあさんありがとう
と、幼稚園で作ってくれた工作がとてもかわいくて、大事にしています。

(幼稚園を卒園すると、そんな絵描いてくれなくなるので)

渡してくれるとき
はにかんだ様子や自慢げな様子
子供が3人いますがそれぞれにその年齢ごとの思い出があります。


中でも長男には
とても印象に残っている思い出があって、
今でもそのことを思い出すと
あの瞬間の長男の声を思い出せるし、
キューっとなんとも言えない感覚になり、長男を抱きしめたくなります。
絶対させてくれませんが。



その日長男は少し前にした入院後の検査のため早帰り。

検査は怖くないと言い聞かされても
一人で入る検査室や血液検査は幼稚園児には怖くて不安だったどう思います。

そんな長男がテキパキ帰り支度を整えて
駆け足で私のとこに来て
先生や教室のみんなに挨拶をして
園舎から出て私と2人になると
「今日はいいものあるよ」
と。
当時のハスキーな声、だけど舌足らずな幼い子の話し方はその場面を思い出すと、耳の奥にハッキリ聞こえてきます。

普通を装って、後ろ手に隠しながらいいものがあると言った後に
「おかあさん、いつもありがとう」
と言って、みどりの画用紙で作ったカードを両手で渡してくれました。

渡してくれたあと私が
「わー!ありがとう、作ったの?」
と聞くと
「うんっ!」
と答えてピョンピョン縦に飛び跳ねました。

その頃の我が家は
夫が独立したばかりで家にお金の余裕がなくて
私も近所のスポーツ用品店にパートに出ていたけど
とにかく生活するのに大変で。

夫は仕事を軌道に乗せるために忙しくて
子育てはもちろん、力仕事など家庭内の全てにおいてあてにはできなくて
子供の入院や検査もひとりでなんとかしなくてはならなくて。
誰かに頼りたくても実家は遠いし
頼れる友達はあの頃はまだいなくて
私の中では不安や我慢が
膨らみすぎた風船のようにちょっと動くともうパーンって破裂しそうな状態でした。
いや、破裂しないギリギリのところだったので、いつも怒っていました。

そんな私に
息子がニコニコしながら言った
「いつもありがとう」。

その
「いつも」がトリガーになってしまい
息子を抱きしめて泣いちゃいました。

あれから
10年以上経ち
我が子たちには母の日というイベントは
母親から催促しされて
皿洗いや洗濯の取り込みを渋々する日になりました。

渋々だろうと、やってくれる子供たち。

他のご家庭のことは分かりませんが
我が家は3人兄弟ですが喧嘩も少なく
仲良くて。
周りは心配したかもしれませんが、父親とあまりコミュニケーションを取らないままに大きくなったとしても、大丈夫!
子どもたちはとても優しい子に育ちました。
長男は自分がして欲しくてしてもらえなかったことを7歳離れた次男にしてやるまるで父親みたいな存在にもなっています。

ワンオペ育児をしているおかあさんたち。

体力的に大変なうえ
周りの情報や一般論で心配したり悲しくなったり腹が立ったりしちゃうと思いますが

子どもは必ず大きくなります。

明日すぐには大きくならないけれど
たった数年でおかあさんを助けてくれる心強い存在に必ずなります。

その日はそんなに遠くないです。

おかあさんありがとうって
心から言ってくれるようになるには
多分
私たちもそうだったように
子を持ってからかも。

だとしたらまだまだ先だと思うけれど

まぁそんな日が来るか来ないかはさておきとして
ケセラセラでいきましょう。

母の日
どうか朝から晩まで笑顔でお過ごし下さい。

あなたの子どもたちが
あなたを想って喜びます。

Tata 【フレンチスタイル花教室】

静岡県西部地区を拠点に店舗を持たず花の仕事をしています(教室・販売・装花)。 お花と触れ合う時間が日常を優しく豊かにすることを伝える、環境に配慮しながら花と自然を楽しむことを伝えています。